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2月9日はロシアへ出発した日です。

2月9日は姉の誕生日でもあり、国際的バイオリニスト諏訪内晶子さんの誕生日でもあり、手塚治虫さんの命日でもありますが、私がロシアに留学するために成田空港から飛行機に乗った日で、忘れられない日です。

やはり、この日は私の中でかなり強烈に印象に残っています。

当時19歳だった私は成人式のために伸ばしていた髪をバッサリ切り(ロシアは夏になるとお湯が1ヶ月でなくなるため短くしました。)寒さが想像つかないので、膝下までのダウンコートと、革の手袋、毛糸の帽子をかぶり全身真っ黒にしていました。なぜ真っ黒にするかというと、治安が悪いため目立たなくすることと、汚れるからという情報からでした。その後は慣れてきて明るい色の洋服も着るようになるのですが。

とにかくロシアの情報が少ないので不安だらけでしたが、憧れのロシアに留学できる喜びもあり、何とも複雑な気持ちでこの日を迎えたことをよく覚えています。

モスクワ経由でサンクトペテルブルクに23時に着く予定でしたが、飛行機が遅れ、予定していたモスクワからサンクトペテルブルクの飛行機に乗れなくなりました。日ロ交流協会のサポートの方がシェレメチェボ空港で待ってくれていたものの、チケットを交換したりと不安でした。

飛行機の中では入国審査の書き方がよくわからず、前の席に座っていた当時の関取の黒海さんが助けてくれました。

そんな感じで、空港では楽器の写真をみせてサインをもらったりと色々な手続きにも手間がかかり、寮に着いたのは夜中の2時で長旅でした。

寮のおばちゃんが起きててくれて、部屋を案内され、いつもなら12時に閉まるシャワー室を特別に開けてくれて。まあ、その後も色々とあるのですが、書ききれないのでこの辺で。

たぶん出発した日はずっと忘れないと思います。何日に帰国したのかは覚えていないのですが。

バイオリン講師 澤井亜衣

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